20周忌になるんだって。

尾崎豊さんが亡くなったのが 1992.4.25
今年で 20周忌になるんだって。

今日は 尾崎dayで 車移動は 尾崎のCDをかけておりました。
『放熱の証』
これは いつまで経っても 涙なく聴くのは 無理みたい。

今年は テレビ東京で ドラマがあったりとか
息子さんがDJやっている事が ワイドショーの話題になったりとか
色々と 尾崎を思い出す事が多かったように思います。

自分の身を削って詩を歌い
あっという間に いなくなっちゃった。

楽曲って 永遠なんだよね。
CDがあって良かった。
モーツァルトとかの時代は 音源を残す事が出来なくて
だから 楽譜があるって 聞いたことがあります。

たくさんの人が 尾崎の詩を歌っていて
それは それで 素敵だけど
私の永遠は 彼しかいない。

生きる事に 真正面からぶつかって
私の生きる意味を ずっと 追い続けていかなきゃ
って 思うんです。
生きてるうちに 分かるか分かりませんが
追い求めようと 思います。

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永遠の人

今日は 尾崎豊さんの命日です。
もう 何度となく この日には 彼の事を書いている気がします。

私は 彼が亡くなった年齢よりも 10歳も生きちゃった。
なんか 長生きした気分。
だけど 豊よりも ちっとも 分かってない気がする。
答えが出ない分 長生きさせてもらえてるのかも。

どこで聞いたか忘れちゃったんだけど 
人の人生は 1本の紐に例えると 
波がたくさんあって短い紐も
波が少なくて 長い紐も
引っ張れば 同じ長さだ。

彼は 夢途中で亡くなってると思ってます。
いっぱいやりたいことあっただろうって思うの。
それでも 残していったモノは とても 大きくて 永遠で。
今聴いても 心を揺さぶられる詩なんです。
まだ 生きてるんじゃない? って 錯覚すらしてしまう時がある。


新聞を読んでいたら 携帯着うたの配信スタートの文字が。
そうなんです。
ないな~って 思っていたの。

auでも配信開始。PCサイトはコチラ
ちょっと 足下見てません?な料金なのが玉に瑕。


「僕が僕であるために」
最近 CMでどなたかが 歌っていらっしゃいますよね~。
なつかしくて。
私は 中学卒業する頃 大好きで。
“私が私であるために 勝ち続ける”って どうやればいいだろう?
って よく思いました。

“私らしい”ってなんだろう?
と 思った思春期じゃなかろうか。(笑)

自分が自分であるために 己に勝ち続けなきゃならん。
戦うのは 他者ではなく 己である。
そんな事を教えてくれた詩だったな~。

豊の詩は 
「I LOVE YOU」
「卒業」
「15の夜」
だけじゃなくてね

もっと あたたかい詩も たくさんあって。
「永遠の胸」
「誕生」
が とっても 大好きです。
愛が いっぱい詰まってる。

もっとマイナーな事を言うと
「失くした1/2」
が大好き。
なんとなく 朝日を感じる詩です。←超個人的イメージ

通常レーベル的色々な事があろうかと思います。
テレビの放送は メジャーレーベルの詩が多いもの。
 
今回の配信は 国境を越えていて。(笑)
第1弾~3弾にまで分かれております。
「失くした1/2」は第3弾まで待つしかないの。
マイナー過ぎたか。(笑)

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15年が過ぎた

4/25は尾崎豊さんの命日でした。
書いたモノをアップするのを忘れちゃった。


私の心の中にいつもあなたの詩がある

私の「正義」を問い続ける彼の詩。

生き方も考え方も自分が正しいと思う通りに生きているのか

そう問われている気がする。


尾崎 豊様

大丈夫
私は自分の正しいと思う道
歩いてるよ

自分の正義を貫いていくから
ちゃんと見てて

走り続けていくから
ちゃんと見てて

あったかいあの詩も私の中にいつもあるから
だから
安心してね


15年目に・・・

ともこ

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今日は

今日は「尾崎豊」さんの命日でして・・・

今日は一日YUTAKAに浸る日

もちろん車の中も

今日は夕陽がキレイで

とってもキレイで

久々に

『太陽の破片』 を 

聞きたくなった

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誕生日

Happy Birthday 

11月29日は尾崎豊さんのお誕生日。

生きていれば40歳。

どんな大人だったんだろう。

どんな詩を歌ったんだろう。

私はどんな風に受け止めたんだろう。

 

渋谷に降り立つはずが、素通りでした。

SN321828

 

駅前のスクランブル交差点を遠目に

 

 

 

今日と変わらない明日がまたやってくるけど、

やっぱり特別な日。

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シェリー

『シェリー』はアルバム「卒業」の最後の曲です。
最初に買ったアルバムがこの「卒業」です。

『シェリー』には大好きでいつも聞いていた。
なんだか不器用な男を支えてあげているという感じが描ける詩です。

豊もこんなだったのかもしれないな。
友達に「歌だけじゃ食えないだろう」と、言われたと何かの本で読んだ気がする。
歌うことが好きな豊。歌で食っている自分との葛藤なんじゃないだろうか。「好きを仕事にする」と、言うことの葛藤というのはよく分かる。私もそうであったから。

豊の歌ってくれる詩は私たちにパワーをくれる。私たちも豊にパワーをあげられてたんじゃないかと思う。
この詩の最後に豊の答えはある。


シェリー 俺は歌う 愛すべきものすべてに


私も何度も迷い悩みしたけれど、やはり「好きを仕事にする」ことを選んだ。それはシナリーと言う企業が好きだから。それはどんどんと触れていくたびに感じる。本当を貫いている企業の思いを感じながら仕事ができること。これは何よりもお話しする時の自信につながる。製品はうそをつかない。だから私もうそをつかない。つかなくていい。きれになると自信を持って話ができるのが何よりもうれしいこと。私は正しいことを正しいと言える人でありたい。
温かい人と人とのつながりの中で仕事ができること。利することだけど、人の健康をも守れ、地球も守れるシナリーだから、仕事にしようと思ったのだ。これが根本にある。誰もが使うもので一生お金を出して使い続けるモノが化粧品。本当の良いモノを使う歓びを伝えるのが私の仕事。命のないモノからは何も生まれない。生きとし生けるものから命をいただいたシナリー製品には魂がある。だからこそ私はシナリーを愛しているのだ。

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誕生

「誕生」は「BIRTH」のタイトル詩です。
豊の息子が生まれた時の詩で。
大きくてあたたかな詩。

産声を上げ そして立ち上がり やがて歩きはじめ 一人きりになる
心が悲しみに かき乱されても 怯えることはない それが生きる意味なのさ

豊の言う「一人きりになる」ってどういう意味だろう。
最後には一人なんだけれど、その孤独に耐えられなくて人って寄り添うのかな。
うれしいことばっかりではない。苦しくて悲しいことも、それは生きているという証拠。
心があるって事。

生まれてくるものよ おまえは間違ってはいない 誰も一人にはなりたくないんだ
それが人生だ わかるか

最後の豊の言葉

自分はいらないと思っている人がいたら、そうじゃないんだ。誰かに必要とされているから人として生まれてきたんだよ。いらない命なんてないんだ。これから巡り会う人に必要とされているんだ。生きるんだよ。

なんだか、そう言われているみたいで、この言葉にはぐっとくる。
自らの命を絶ってしまう人が多いけれど、この詩にこめられていることって「生きなさい」ってことなんじゃないかって私は勝手に思っています。

息子を産んだ時「生まれてきてくれてありがとう」と、心から言った。彼が必要な人は私。でも、親からは離れて一人になる。そしてまた彼を必要としてくれる人と巡り会うのだ。

4月9日は天野浩成くんのお誕生日です。誕生日にちなんでこの詩です。

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十七歳の地図

滞っていた豊の詩紹介。今日はやります。

今日は渋谷に立ち寄りました。駅前のスクランブル交差点を歩いてきました。
本当はクロスタワーから豊が観たという夕陽を見たいんだけど、子供のお迎えという現実が。でも、命日の前までには一度訪れようと思ってます。

歩きながら思い出した詩はこれ。「十七歳の地図」
17歳というと、中学から高校に上がって通学も電車になったり友達増えたり、バイトもしたり。
まさに自分の「地図」を広げていたな~って。
気持ちも揺れていて、ムカツク大人に従っている自分にイラついたり、葛藤だったり。いい友達に巡り会ったり、好きな人ができたり。子供でもなく大人でもなく。懐かしいなぁ~。あの頃は若かった。(汗)


人波の中をかきわけ 壁づたいに歩けば
すみからすみはいつくばり 強く生きなきゃと思うんだ
ちっぽけな俺の心に 空っ風が吹いてくる
歩道橋の上 振り返り 焼けつくような夕陽が
今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ
Seventeen's map


夕焼けを見ていると、自分はちっぽけだなってホントに感じる。ちっぽけな私を信頼してくれる人たちを大事にしなきゃ。

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ふたつの心

豊の最後のアルバム「放熱の証」の1詩です。

前にも書いた通り、このアルバム自体を聞くのに時間がかかって
手元に置いたままでした。
思い切ったとき、この詩を聴いて涙しました。


離れて暮らしても 君の心が聞こえるよ
君に届くだろう僕のこの思いが

と、最後の

二人あるがまま


豊の詩は自分を削って書いてる風がいつもあって(私が勝手に思ってます)
豊の愛が今そうなのかも・・・と、思ったりしたのでした。

「あるがまま」
人をそのまま受け入れるし、受け入れてもらえる関係。
それはすごく難しいけれど、そうでなければパートナーとしてやっていけない事はよく分かる。無理に良くみせたりしない事。「あるがまま」私は私のままでいいのだ。それで愛してくれる人と一緒にいられればそれでいい。

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FORGET-ME-NOT

ちょっと王道をいってみましょう。

「FORGET-ME-NOT」
豊のバラードの中で好きな詩かも。
のちのち出ますよ、もっと王道が。でも、あえてそこは紹介しなくてもみんな知ってるし。

私がこの詩を聴いていたのは高校生くらいだったと思う。忘れもしないのはお友達にススメたら、「ふーん」扱いだったのに、何年かしてテレビドラマで採り上げられたら「いい歌やん」と、言われたこと。メディアのチカラは恐ろしい。

時々僕は無理に君を僕の形に
はめてしまいそうになるけれど
二人が育くむ 愛の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草

この詩はここが好き。切ない感じがまたたまらない。

昔の彼のことを思い出す。私を理想にはめたい彼と理想通りになりたい私。
あの頃は染まりたいなんて思ってたな~。
今は誰にも染まらない。私は私のカラーで!と、相方にも宣言。
強くなたのか、自分というカラーを確立できたのか、人にあわせるのがイヤになったのか。
自分を強く持ちたいと。

当時のこと。
お花屋さんへ「わすれな草」を確認しに行ったのでした。

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